黒澤明監督とか鈴木一朗選手、花野アナ(アナウンサー)のように、名前に職業名をつけて敬称とする場合がある。ただし、どんな職業でもよいわけではない。牧教授や工藤ディレクターは認められるだろう。
では、ボクのようなライターはどうか? 山田ライターはダメ。カメラマンは? 高橋カメラマンに違和感はない。両者を区別する基準はどこにあるのか。
まず思いつくのは「社会的な地位の高い(とされる)職業の名前は敬称になりえる」という法則。監督やディレクターは、その場を仕切る役割を負う“偉い人”だから、この法則があてはまる。
選手やアナウンサーは「地位が高い」かどうかは微妙だが(低くくはないが)、多くの人から尊敬の念を集める職業とはいえるので、監督などとおなじように扱える。
だとすると、ライターはなぜダメか。社会的な地位が高いわけでも、尊敬の念を集めるわけでもないから、という結論が導き出されてしまう。ライターとカメラマンに地位や尊敬の度合いに差があるとはボクは思えないのだけど、世間の人にとっては「ライターはカメラマンより下」で、ちょうど両者の間に敬称かそうでないかの基準線が引かれているのかもしれない。
Gyahun工房がつくるZINE『Gyahun(ぎゃふん)』
この記事は、『Gyahun⑭ コトバ放浪記』に掲載された内容を再構成したものです。
もし『Gyahun(ぎゃふん)』にご興味をお持ちになりましたら、ぜひオフィシャル・サイトをご覧ください。
この記事へのコメントはありません。